プラン
只見川にある多くのダムは水力発電に使われており、ダムが連なる風景は現在の奥会津の特徴の一つです。
元々の只見川は流れがありましたが、ダムが建設されて水の流れがあまりなくなったことによって、川幅が広く鏡面のような水面ができています。そこに川霧が発生して「霧幻峡の渡し」などが人気を集めています。
では、この風景はどのようにしてできたのでしょうか?只見川の水力開発はいつから始まったのでしょうか?
実は只見川の水力開発はダムができるもっと前から始まっています。
水力開発が奥会津に何をもたらしたのか、奥会津にとってどのような意味があったのか、選奨土木遺産とはどのようなものなのか、只見川のダムと水力発電について詳しくお話をします!
なんでもやさんです。月刊『会津嶺』にて「会津ダム巡礼」を連載しています。
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【産業遺産学会・会津史学会会員】
ダムや鉱山や只見線などのヤバイ何でも屋さん。月刊『会津嶺』に「会津ダム巡礼」を連載中。
近稿に「信濃川流域(栄村から小千谷)の水力発電所とダムの建設」(『津南学第12号)
「新潟県内の岩越線(磐越西線)の駅と鉄道施設」(『阿賀路』第62集)
「会津の馬肉食及び力道山と馬刺しについて」(『歴史春秋』第95号)など。